大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10026号 判決 1969年8月29日

原告

板橋得二

代理人

渡辺良夫

ほか二名

被告

東亜運輸株式会社

須田和男

主文

一、被告らは、原告に対し各自金三〇〇万円およびこのうち金二七五万円に対する昭和四〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

1  被告らは、原告に対し各自金一三二一万六九〇八円およびこの内金一一二一万六九〇八円に対する昭和四〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

本判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、本件交通事故の発生

1  日時 昭和四〇年一〇月一日午前四時二〇分

2  場所 東京都文京区本郷五丁目三六番二号

3  加害車 事業用普通貨物自動車  運転者 被告 須田和男

4  事故の態様 原告が事故現場附近の道路端に駐車中の自動車の運転席(右側)のドアを外から開けようとした際、加害車が右自動車の後部に衝突し、さらに原告に接触した。

5  事故の結果 原告は、頭蓋骨々折、脳挫傷、顔面・前頭部・口唇・左膝各挫傷の傷害を蒙り、事故当日から昭和四〇年一一月一日まで訴外山川病院に入院し、その後同病院に通院して加療をつづけたが、昭和四一年三月四日髄液漏を併発してその手術のため同年三月一九日から同年五月七日まで訴外順天堂病院に入院し、その後右病院に通院して加療中、同年九月と一二月に「てんかん」発作を起こし、労災病院に通院し、昭和四二年一月には検査のため同病院に三日間入院し、以来薬物療法をつづけながら今日におよんでいる。

二、責任原因

被告らは、それぞれつぎの理由により本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

1  被告会社は

(一) 加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。

(二) 昭和三八年四月以降、被告須田を雇用し、同被告が被告会社の事業の執行として千葉県八千代市大和田新田所在の訴外興真牛乳株式会社から東京都文京区内の同会社大塚販売店まで牛乳を運搬すべく加害車を運転中、後記過失によつて本件事故を発生せしめたものであり、仮りに被告会社と被告須田との間に雇用関係がなかつたとしても、本来許可営業である自動車運送事業の名義を違法に被告須田に貸与し、加害車に被告会社名を表示させて、あたかも加害車が被告会社の所有に属し、かつ、被告須田が、その被用者であるがごとき外観を作出し、また被告須田も本件事故当時、現実に被告会社の指揮を受けて前記のように牛乳を運搬中であつたから民法七一五条一項による責任。

2  被告須田は、前方注視義務違反並びに制限速度違反の過失により本件事故を発生せしめたものであるから、民法七〇九条による責任。<以下略>

理由

第一(事故の発生)

請求の原因第一項1ないし3の事実および4のうち加害車が事故現場の道路端に駐車中の自動車を原告に接触したことは、いずれも当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すれば、被告須田は事故現場附近の道路を動坂交差点方面から池袋方面に向けて時速四五キロメートル(制限速度四〇キロメートル毎時)の速度で進行中、登り坂である右現場附近において漫然右坂の頂上をみつめて加害車を運転し、進路前方に対する注意を怠つた過失により加害車の左前部附近を前記自動車の右後部に衝突させ、ついで加害車進路左側にある食堂から道路に出てきた原告にも加害車を接触させたこと、そのため原告はその主張のとおりの傷害を蒙つて、主張期間訴外山川病院に入院し、その後も同病院に通院して加療していたが、昭和四一年三月四日に髄液漏を併発し、右手術のため同年三月一八日から同年五月まで訴外順天堂病院に入院したが、同年九月および一二月に「てんかん」発作を起こし、その後は、抗「てんかん」剤を服用するなどの薬物療法をつづけていること、および前記傷害の後遺症として労働基準法施行規則別表第二、身体障害等級表第九級一三号所定の「精神に障害を残し服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」および第一二級一三号所定の「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」にそれぞれ該当し、総合判定により同表第八級に該当するものと認定されていること、がそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中、この認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

第二責任原因

一被告会社の責任について

被告須田が千葉県八千代市大和新田所在の訴外興真牛乳株式会社から東京都文京区内の同会社の大塚販売店まで牛乳を運搬中本件事故を発生せしめたこと、被告会社は自己の営業名義を被告須田に貸与し、加害車には被告会社名が表示されていたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すれば、被告会社は右訴外会社が生産する牛乳の運送を主たる業務とするものであること、被告須田は本件事故のほぼ一年前まで被告会社に運転手として雇用されていたものであるが、その後被告会社のすすめもあつて、被告会社から独立して右牛乳の運搬をはじめたのであるが、自動車運送事業が、いわゆる免許営業(道路運送法四条)であり、これに必要する自動車にいわゆる「事業用ナンバー」が必要であつたため、被告会社の名義を借り受けて加害車を購入し、被告会社の事業用自動車として登録もすませて、前記牛乳運搬の業務に使用していたこと、したがつて、もともと被告会社が、その事業用として使用している自動車と加害車との間には外観上区別し得べき点がないのみならず、被告須田に対する運送料の支払いも、被告会社に対するそれと一括して、前記訴外会社に支払われ、その被告須田に支払われるべき分については、被告会社において立替えた加害車の月賦代金、燃料代、自動車税、自賠責保険並びにいわゆる任意保険の各保険料を控除した残額を被告須田に交付していたこと、被告会社は、右のように被告須田に対し、自己名義のいわゆる「事業用ナンバー」の使用を許していることの対価その他として、「ナンバー料」ないし「マージン」の名目で月々金五〇〇〇円ないし金一〇、〇〇〇円の金員の支払を受けていたこと、以上の事実が認められる。<証拠判断略>以上の事実によれば、被告会社は本件事故当時、被告須田と共同して加害車の運行を支配し、その運行の利益を享受していたと認めるのが相当であるから被告会社は自賠法三条の規定による運行供用者に該当するものというべきである。なお、以上の事実は、原告が、被告会社に対し民法七一五条一項の規定に基づく責任を追求するため主張したところであるが、当裁判所は民法七一五条一項の規定に基づく請求に対して自賠法三条の規定を適用してその責任を肯定することは何らの妨げがないと解釈しているので、念のためそのことを附言しておく。

二被告須田について

被告須田の過失により本件事故が発生せしめられたことは、前判示のとおりである。

三よつて被告会社は自賠法三条の規定により、また被告須田は民法七〇九条の規定により、いずれも不真正連帯債務者として本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

第三損害

一逸失利益の損害

原告が本件交通事故によつて蒙つた侵害の程度並びにこれに起因する後遺症の程度は前記認定のとおりであり、<証拠>を総合すれば、原告は本件事故発生当時二二才であつて、訴外日本交通株式会社にタクシーの運転手として雇用され、一日平均金一九三四円の賃金を得ていたのであるが前示受傷が原因となつて昭和四二年一一月二八日に同会社を退職したこと、そして、本件事故により原告が喪失した得べかりし利益中右昭和四二年一一月二八日までの分については、その金額を右会社から受領したこと、原告は同会社を退職した後、訴外株式会社藤ストアー、その他に就職したが、その賃金は、いずれも月平均金二万五〇〇〇円を出るものではなく、その間訴外会社日立製作所亀戸工場と訴外日立ランプ株式会社に就職を希望し、その選考を受けたが、右後遺症ことに外傷性「てんかん」が原因となつて不採用になつたこと、現在、右後遺症については、抗「てんかん」剤の服用によつて発作もなく、時々頭痛を感じるほか、生活上特段の支障はなく、今後マッサージ師として身を立てるべく準備中であること、以上の事実が認められる。この事実と前記原告の後遺症の程度に当裁判所に職務上顕著な昭和三二年七月二日基発五五一号労働基準局長通達による「労働能力喪失率」を参酌して考えると、原告の本件受傷による労働能力の喪失率は、その四五%と認めるのが相当であるが、その継続すべき期間については、以上の該事実並びに原告はいまだ若年であつて、その順応性、期待すべき点が多いことを考慮し、「控え目」に見て、原告訴外日本交通株式会社を退職した日より将来に向つて五年間を認めるのが相当であり、他に以上の認定を左右するに足る証拠がない。以上によつて、原告が本件事故によつて喪失した労働能力の一部喪失による得べかりし利益を算出し、これからホフマン式(複式、年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すれば、その総額が金一二五万(一万円未満切捨)であることは、計算上明らかである。

二慰藉料

以上認定にかかる諸事情、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、原告が本件受傷によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円と認めるのが相当である。

三過失相殺の対象となるべき過失の有無

被告らは、本件事故の発生につき過失があつた旨主張するけれども、本件全証拠を検討して見てもこれを確認できる資料はない。

四弁護士報酬

原告が、本件交通事故によつて蒙つた損害の取立を本訴原告訴訟代理人に委任し、これに対して報酬を支払うべき旨約したことは本件記録と弁論の全趣旨によつて明らかであるが、右報酬のうち、被告らが本件事故によつて生じた損害として賠償すべき金額は、本訴の推移と当裁判所に職務上顕著な東京弁護士会報酬規程を斟酌し、金二五万円をもつて相当と認める。

第四結論

よつて、原告は被告らに対し金三〇〇万円およびこのうちから弁護士費用をのぞく金二七五万円に対する本件事故発生日後の昭和四〇年一〇月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるから、原告の本訴請求は右の限度において正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、民訴法九二条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(原島克己)

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